杜の都のモリのチチ

PROFILE

森公美子(もり くみこ)歌手。1959年7月22日生まれ、宮城県出身。
テレビ、ミュージカル、オペラなどで幅広く活躍。食通ならではの知識とセンスを生かし、
HERSでは2011年5月号~2014年3月号まで料理ページの連載を担当。

第二十二回 ハンバーグ

フミコは小学校が大好きだった。特に好きなのは給食時間でした。3時間目が終わると、校内に漂ういいニオイ……。
ある日、フミコの才能ぶりはここでも発揮されました。「あれ? 今日は鯖の揚げ物だったのに、ニオイが違う? 今日はシチューに変更?」
「そんな訳ないでしょ?」と切り返す友達に、
「鯖が獲れなかったか……? 不漁だったんじゃないの?」
実際、給食時間になるとクラスの友達は目を見開いた。やはりフミコの読みは当たっていました。学校からは《本日は都合により、シチューになりました》との説明。同級生からは、「スゲー! 流石!」の声。献立の変更は、当時もちょくちょくあった出来事でしたが、その月に出る給食を全部暗記しているのは、フミコだけでした。
上機嫌だったフミコが、下校の時に「そうだ、帰りに一発ブランコでも乗って飛ばしてみよう」と、1人で校庭のブランコに乗っていると転校生の同級生、田中君が隣のブランコにやってきました。田中一男君はいつも同じジャンパーを着ていたので、フミコは
「一男君、そのジャンパー好きなんだねぇ。いつも着てるもんね!」と悪気もなく言うと、一男君は黙ってブランコを漕いでいました。気まずいことを言ったと悟ったフミコは、
「私も大好きな服はいつも着てるよ!」
でも、また黙ったままだった……。流石にヤバい。もう話すのを止めようと思ったとき、一男君が
「なんで、今日は鯖揚げじゃなくて、シチューだってわかったの?」
会話が繋がって良かった。フミコが答える。
「揚げ物は独特の油のニオイがするでしょう? 今日はそれがなくて、ミルクのニオイだったから。それに給食で献立を変更してもみんなに喜ばれるものは? それはカレーかシチューの煮込み料理なんだよ! これって意外と常識だよ!」
フミコは続ける。
「お母さんが凝ったものを作ろうとして、台所にずっと入っていて、出てきたのがカレーって日ない? うちはさぁ、お母さんが頑張るんだけど、また失敗かぁ? ってときが多くてねぇ……。でも努力してるから言えないんだよ。でも、お手伝いさんのお料理とか、旅館のお料理は美味しいよ! 昨日はお母さんがお願いしてくれて、旅館のコックさんにハンバーグを作ってもらったの。最高だったよ!」
煮込みハンバーグの話を延々としていたら一男君が
「僕ハンバーグ食べたことないんだよ」
「え? え? ハンバーグ? 食べたことないの? 大変じゃない? あんな美味しいものないよ」
一男君はうつむきながら、ポツポツ語り出しました。
「フミちゃんの家は大きいでしょ? 僕の家は凄く小さいんだ。なにしろ、おばあちゃんと2人暮らしだから、お風呂もないし、おトイレも他の人と一緒なんだよ!」
フミコは〈まずいぞ、これは。なんか聞いてはいけないことかもしれない……〉と思った。でも平静を装い、「へー、そうなんだ!」と元気に言った。

そう、フミコは思い出した。
一男君が一度クラスの男の子から掃除用具を投げつけられていじめを受けたときに、フミコが「コラー、なにやってんだ!」と言って一男君を救い、その掃除用具を逆に投げ返し、これがまたコントロールが良くて、いじめっ子の股座にガツンと当たり、いじめっ子が泣き出してしまった事件。そういえばあの時から、一男君の視線を感じてた……。
一男君は話を続けました。おばあちゃんと一緒に暮らさなくてはならない理由。お父さんとお母さんのこと……。堰を切ったように話し出しました。
フミコは余りにも違った環境に置かれてる一男君の立場に愕然としました。小学生には重すぎる話。
帰宅するとハハが「なんか悩みでもあるの? なんか暗くない?」
フミコはハハに言いました。
「お母さん、驚かないでね。ハンバーグ食べたことない人がこの世にいるんだよ!」
「食べたことない人は、たくさんいるんじゃないの?」
「でも、食べたことがないのには理由があってねぇ……。私、どうしても一男君にハンバーグ食べさせたいの、うちのハンバーグ」
「わかったよ。もちろん連れてきていいよ」
「話は長くなるけど、連れてきていいのなら話すね……。同級生の一男君はおばあさまと2人暮らしなの」
「そうかい。だからか」
「ダメ、最後まで話を聞いて!! お母さん! お父さんにも誰にも話しちゃダメだよ。内緒だよ! 一男君はね、お母様もお父様もお2人とも宮城刑務所に入ってるんだって」
ハハは、唖然。
フミコは畳みかける。
「問題は、何をしたかでしょ?」
「んんんん……」。ハハは震えてる。
「お父様は当たり屋で、お母様は詐欺師なんだって。今日、私に教えてくれたの。すぐに家に帰らなかったから、こんな話を聞いてしまったの。フミ、苦しいよ。辛い話でしょ? でもお母さん、一男君はとても良い子だから、変な目で見ないで……」
ハハは少し考えて……。
「明日、一男君に来てもらいましょう。たくさん、食べてもらいましょう」

翌日、一男君に「今晩のうちのメニュー聞いたら、ハンバーグなんだって。だから一男君、うちにご飯食べにおいでよ! お母さんも楽しみにしてるって」
一男君は満面の笑みを浮かべて、
「一度帰って、おばあちゃんに伝えてから行くね!」
フミコは学校帰りに一緒に一男君の家に行ってから、一緒に自宅に戻った。夕食まで時間があったので、ハハが「一男君、旅館のお風呂なんて入ったことないでしょ? 入ってごらん。着替えはフミコのお兄ちゃんのお下がりだけど、これを着て。なんならフミコと2人でお風呂入る?」
「いいねぇ!」とフミコ。
「恥ずかしいです。1人で入ります」と一男君。
風呂上がりにコーラを飲み、そして夕食。一男君の食べたかったハンバーグとともにオムライス、ナポリタン、エビフライ……洋食屋のメニューがずらりと並び、締めはショートケーキ。途中で帰宅したチチも、
「ん? 誰の誕生日だ?」
空気の読めないチチは一男君の服を見て、
「君はどこのおぼっちゃまかな? いい服、着てるねぇ〜」
一方、ハハは、
「そうだ、おばあちゃまにもお土産を作りましたよ」と言い、二段重を出してきた。それを持って番頭さんが一男君を送り、ハハとフミコは何となく安心してました。

ところが翌日、学校には一男君の姿がなかったのです。
先生の言葉にフミコは開いた口が塞がりませんでした……。
「ええっと、田中一男君は、今日は腹を壊したので欠席です」
食い慣れないものは毒に近いんだな……と学習するフミコでした。

<つづく……>

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