杜の都のモリのチチ

PROFILE

森公美子(もり くみこ)歌手。1959年7月22日生まれ、宮城県出身。
テレビ、ミュージカル、オペラなどで幅広く活躍。食通ならではの知識とセンスを生かし、
HERSでは2011年5月号~2014年3月号まで料理ページの連載を担当。

第十九回 イジメっ子はやっつけろ!

そんなチチとハハのドタバタ東京生活にも転機が訪れます。
ハハのご懐妊。ですが……フミコのことではありません。実はこれまで、フミコとチチの話をクローズアップするために、あえて触れてこなかったのですが、フミコには3つ上のアニがいます。そして、3つ下のオトウトもいます。今回は、そのアニの話を少し。

アニが生まれる頃は、チチも東京での仕事が油に乗っていました。子供が生まれるのは心配だけど、嬉しいし、仕事は仕事で面白くて面白くてしょうがない。東京の戦後復興を手がけるゼネコンマンとしてバリバリ働きながら、ハハの出産にも立ち会い、子育てにもフル稼働。元来、夢中になると止まらない性格なので、睡眠時間を削りに削って過ごす日々……。それまでマメに顔を出していたアフター5の付き合いも断り続けました。
そして、約3年間そのような生活が続いた後に、ハハから2人め懐妊の知らせを聞きました。
次はきっと女の子に違いない!……どうしても娘が欲しかったチチは、そう確信しました。
そしてハハに即答。
「よし、仙台に帰ろう」
「ほんだってや? 仕事は? なじょする?」
「実家の旅館があるから大丈夫だべ」
ちょうど、勤めていた建設会社では1961年に竣工予定の横浜マリンタワーのプロジェクトチームに選ばれたばかりのチチでしたが、花形仕事は捨て、きっぱりと決意したのです。
今となっては、会社を辞める決意よりも、次は娘が生まれるという確信のほうがすごいような気もしますが……。

さて、そうやって仙台に戻った夫婦ですが、マイペースすぎるハハと周りを意識しすぎるチチは相変わらず。まあ、これまで述べてきたような感じです。2人は足して2で割ると丁度良いのかも。破れ鍋に綴じ蓋の関係?
ところで、マイペースというと血液型ではB型と思われがちですが、実はハハはA型で、逆にチチがB型。フミコはA型で、アニはO型、その後生まれたオトウトはAB型。全部が揃っています。アニの血液型を知ったとき、チチは「オレの息子じゃない!」と言ったそうですが、ジジも、それにハハ方のジジもO型と知って、やむなく納得したとか。
一方、有時の時であっても親きょうだいから輸血してもらえないアニは、家族の中では大人しい孤高の存在でした。ただ、他人の性格をすぐに把握するのが上手で、どこまで言うと相手が怒り出すのかを見極める才能に長けていました。家族内で訓練していたので、学校や社会に出ても、その場が喧嘩になる前に止める能力がありました。白黒ハッキリさせたがるA型のフミコは、誰が悪いのかが解るまで引き下がらない。2人はタイプが全然違いました。そして、アニは静かで勉強ができるボンボンタイプの人間。それゆえに小学生の時には軽くイジメに遭っていたのですが、それを知ったフミコは誰がアニをイジメているのかを突き止め、公園でひとり待ち伏せをして、袋に入れた泥団子をジャングルジムの上から、その子に向かって投げつけました。
「お兄ちゃんをイジメてるのはお前だな。これでも喰らえ! えい! えい! えい!」見事に3発が命中。当時、小学3年生のフミコが6年生をやっつけた。しかし、その6年生のイジメっ子の母親がすぐに旅館に怒鳴りこんで来て、
「うちの子があんたのところの子に泥団子を投げられて怪我したから、謝れ!」
するとアニが玄関に呼び出され、ハハが
「すみません、この子、普段はすごく大人しい子なんですけど、そんなことするなんて……すみません」と謝るハハ。
それを近くで耳にしたフミコ。
「あ! それ、お兄ちゃんじゃなくて私だよ。だって、この子はいつもお兄ちゃんをイジメているから、懲らしめてやったのさ!」
それを聞いた相手の母親は、自分の息子に目を移して、
「あんだ! 小学3年の女の子にやられたのが? だらしねえ。お前が悪い。この女の子に謝りなさい」
それ以来、フミコに近づく6年生はいなくなり、アニも平穏な生活に戻った。フミコは正義の味方を気取ってたが、年上からは、扱いにくい、面倒臭い女の子ということで評判だったらしい。

強くて、気丈なフミコのエピソードの一方で、その年の11月に、誰も想像できないことが起こりました。
朝、フミコが普通に「行ってきます~」と言ったのは皆が聞いていました。が、しばらくしてもドアを開ける音がしないのに気がついたチチ。玄関に行くと、倒れこんでるフミコ。
「フミコ! フミコ!」
意識がない。火傷の時はチチが抱えて病院まで走りましたが、今回は様子が違う。下手に動かしてはいけないということで大学病院に電話をし、救急搬送。
……およそ4時間後。フミコは気がつくと病院のベッドの上でした。
「私、どうしたの?」
フミコのかすれ声はほとんど周りに聞こえていませんでしたが、見渡すと、涙を溜めてる両親、真剣に難しい話をしているジジ、そして旅館の番頭さん、お手伝いさんがベッドを囲んでいました。不吉な予感。とっさに〈誰か、死んじゃうんだ?〉と思ったフミコ。まさかその対象が自分だとは思いませんでした。

<つづく……>