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【LIFESTYLE】パリ近郊 花とともに暮らす (76) 雨が降る前に

Update : 2022.08.28
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鍵を外しガラス戸を引き開けた。

 

ひやっとした空気と少しかび臭い匂いが漂う。締め切った古い石作りの家から放たれる匂い。長旅から帰りこの空気を吸うといつも何故かほっとする。家人が大きな器に水をはり、その中に残していった植物は思いの外成長し生き延びていた。

 

隣人に預けて行った犬を迎えに行くとワン、と大きく声を上げる。よかった、元気そうだ。家に連れ戻るといつもの場所に座り込んだ。水をあげなければ、と水道の蛇口をひねる。グブブ、と音を立て水が流れ出す。しばらく流し続けたままにして空っぽの容器に新鮮な水を入れた。3週間の空白の匂いを取り戻すようにバタバタと家族全員が動き出した。

 

夏の旅は終わりここにまた戻って来た。

 

窓を大きく開ける。みずみずしい緑の葉に混り枯れてカサカサになったダリアの花がぶら下がっている。その横から今にも咲きそうな蕾がその枯れた花を追い越して凛、と立っている。軽やかに宙に浮くハブの花。土の中から数枚の小さな葉を出したばかりだったナスタチュムは明るいオレンジの花と大きな葉に変わっていた。ほんの数本しかなかったボリジは水面に浮かぶ無数の水泡のようにその青い花で地面を埋め尽くしている。裏庭の様子が気になって仕方がない。庭中を歩き回ると思いがけないところに思いがけない花に出会った。

 

雨の降らない暑い夏と人のいない庭。

 

裏庭の花や雑草は、自由と孤独を楽しむかのようにもりもりと勢いよく育ち私を待っていた。

 

6H30

犬の鳴き声で目が覚める。時差ボケも手伝い早々と犬と散歩へ出かける。暑くなる前のすがすがしい朝。鳥の声を聴きながら誰もいない道の真ん中を歩きポタジェへ向かう。池の辺りに来ると馬たちが大急ぎで駆け寄って来た。牧草はカラカラに乾燥し草一つない。きっと私が餌を運んできてくれたと勘違いしたのだろう。

 

がまいてくれていた水のおかげでポタジェの野菜は生き延びているようにみえたが、近づいてみるとありとあらゆる雑草もわいわいと野菜たちを取り囲み、所狭しと並んでいた。眼を奪われるような雑然とした有様。一瞬、途方に暮れたがそんな中にトマトはいくつも実をつけ色を付け始めているのが見えほっとした。巨大なズッキニとアザミ。インゲン豆とピンクの花。グラミネとトウモロコシの穂。野菜たちと雑草の共存は、人間がいなくてもどうにか折り合いがつき成り立っていたようだ。

 

混沌とした風景を目にすると一瞬身を引く自分と、とてつもなくくつろぐ自分があることに気が付く。ピカピカとした床の上からは生命が勝手に生まれ出すことはないことを知っているからかもしれない。自分が落ち着くところ。土を触るとゆっくりと又身体が緩み出したような気がした。

 

 

それでも人間には悲しいかな収穫の為にひく線がある。おいしい野菜を食べる為に雑草を抜き出した。べトラブの赤と緑の葉に混ざりカモミルの花を見つける。その完璧な雑然さを壊してしまうのが何とも惜しい気がしてふと手を止めた。

 

 

ぽつんと冷たいものが手に触れる。

 

天気予報は午後雨。

 

そろそろ雨が降りだしそうだ。

久しぶりに花を摘み窓辺に飾りたい。

 

 

夏の日差しが残る庭。

雨が降る前にもう少し歩こう。

 

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【PROFILE】
西田啓子:ファーマーズフローリストInstagram@keikonishidafleuriste
フランス・パリ近郊花農園シェライユ在住。パリの花のアトリエに勤務後、自然を身近に感じる生活を求め移住。以来、ロ-カルの季節に咲く花を使いウエデイングの装飾や、農園内で花を切る事から始める花のレッスンを開催。花・自然・人との出会いを大切にする。
https://keikonishida-fleuriste.jimdo.com/

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