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【LIFE STYLE】パリ近郊 花とともに暮らす(66)春の羽音 

Update : 2022.03.20
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2匹の野ウサギが右から左へと道を横切った。

とろとろと車を走らせる道。自然界には信号もなくただお互いに気を付け合うだけで、もちろんここには渋滞など起こりもしない。細い麦の葉が伸びだした左側、ごわごわとした菜の花の葉で埋まる右側。冬を越しぽつぽつと姿を現した野ウサギ。日に日に伸びるこの作物の育つ場所でウサギたちは走り、立ち止まり、そして又走る。踊るようにじゃれ合うその2匹はもう既に恋に夢中になっているように見えた。

 

春になるとすべての生き物が動き出す。南西に向く窓の下の石の壁、何時もポカポカお日様に照らされているその場所にトカゲがチョロチョロ走り出したり、冬の間蔦に隠れていた黄色い蝶がひらりと飛び出したり、あっという間ににぎやかさが増すのだ。恋を探しまた新しく生を謳歌しようとしている生き物につられて、ついつい足取りも軽くなる。

 

青く晴れた空を遠くに眺めながら犬と一緒にポタジェへ向かう。去年の秋に蒔いた野菜はとうがたち黄色い花をつけていた。そろそろ土を耕す時期だなと思うと妙に嬉しくなってきた。種をまき芽が出るのを見ることほど嬉しいことはない。

こぼれ種で知らぬ間に育ったルッコラの花がひょろりと立っている。冬を越したそのたくましいギザギザの葉っぱを一枚ちぎり食べてみる。骨太な苦さで口の中がいっぱいになった。そしてその花には、熟練した職人が薄紙に細い鉛筆で丁寧に書き込んだセミの羽のような模様がついている。春は潔くリセットする季節でもある。新しく始めるには整理してしまわないといけない。余りにも美しいその花を楽しもうと摘み帰った。

 

毎年小さな虫たちや一年草の生命のサイクルをすぐ側で見ていると、自分の人生がとてつもなく、ゆっくり進んでいて、時には止まっているように感じることさえある。水の中で23年暮らし、成虫になり飛び立ったかと思うと24時間もしないうちに死んでしまうカゲロウや、1年の間で花を咲かし、次の生命へとつなぐ種を作り消えていく一年草や野菜。一時を失うこともなく風のように駆け抜けていくその凝縮された生が、カメのように進む自分の中に生きる喜びのようなものを湧き立たせ、前へ進めと背中を押してくれるような気がしてならない。

 

満開になった梅の花の下で立ち止まった。空を見上げると無数に動く蜂の羽の振動が激しく聞こえた。一瞬にしてその音の虜になった。

 

花に集まる生をつなぐ音。

庭にくりだした春の花たちが羽音を聴いている。

 

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【PROFILE】
西田啓子:ファーマーズフローリストInstagram@keikonishidafleuriste
フランス・パリ近郊花農園シェライユ在住。パリの花のアトリエに勤務後、自然を身近に感じる生活を求め移住。以来、ロ-カルの季節に咲く花を使いウエデイングの装飾や、農園内で花を切る事から始める花のレッスンを開催。花・自然・人との出会いを大切にする。
https://keikonishida-fleuriste.jimdo.com/

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