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【LIFE STYLE】パリ近郊 花とともに暮らす㉙季節の香り。

Update : 2021.03.14
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カタン、と窓をたたく音がする。

窓辺の席から音の方に目をやると、シジュウガラが黄色いお腹を見せてプランターのビオラの横に座っていた。着地寸前に窓にあたってしまったのだろうか。しばらくの間きょろきょろと周りを見回していたが、さっと、飛び上がりすぐ横にある、まだ新芽が出ていないつるつるとしたイチジクの枝へ飛び移った。そうしていると、次の瞬間に素早くさくらんぼの木に飛び渡り、その枝先に宙ぶらりになりながら、何かをくちばしで懸命につついている。4月になると、この10トルほどの木に白い花がたわわに咲く。そして赤桃色のさくらんぼうの実がなると、鳥たちが人間より早くつつき出すのだ。

A

10時。

朝、目覚めた時に聞こえていた、にぎやかな鳥のさえずりが、少し静かになる時間。窓から見えるローズマリーに陽が当たり出す。

B

郵便物を取りに外に出ると木々の隙間から満開の梅の花が目に入った。薄桃色のその花が明るく透き通って見える。近くに寄ると微かに甘酸っぱい匂いがした。冬の間、知らぬまに身に着けた何か重たいものが、その花を見る度、その香りと共に少しずつはがれていくような感覚を覚える。

C1

家の方に戻ると、日に照らされて気持ちのよさそうな紫色の小さな花が見えた。

小さなスミレが水仙の足元に咲いている。梅の花が咲き出す同じ頃、野生のスミレが自分より大きな植物の足元にひそかに咲き始める。その辺りをぐるっと見回すとあちらにも、こちらにも、その花が咲いていて、その中に白いスミレも見つけた。石畳の間から列を作るように顔を覗かしていたり、芝生の中でぽつぽつと負けまいと健気に咲いていたりする。可愛いだけでなく意外とタフなのだ。

D

花を幾つか摘んで鼻に近づけると、こんな小さな花から、と思うほど、くっきりとしたあの独特な甘い香りが立ち上がる。

Nez(鼻) 、フランスの一流の香水の調香師は尊敬の念を込めて、そう呼ばれている。数千種類にも及ぶ香りの中から、豊かな感性と想像力を持って、みずからつくり出そうとするイメージに合わせ選択をし、香りを創作する人達。自然の中に立つ時、彼らはそこにある微妙な香りを、きっと恐ろしいくらい感じ取っているのだろう。

E

バラ、ミモザやラベンダ―、南仏の数々の花畑を想像してうっとりする自分もいるが、自分の本当の香りは近くにあると思う。

季節の香り。

スミレ、水仙、ヒヤシンスやカシスの葉、小さな庭の春の花が毎日うっすらと香りをくれ、

私の何でもない日常を色づける。

【バックナンバー】(過去の記事は以下から読めます)
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【PROFILE】
西田啓子:ファーマーズフローリストInstagram@keikonishidafleuriste
フランス・パリ近郊花農園シェライユ在住。パリの花のアトリエに勤務後、自然を身近に感じる生活を求め移住。以来、ロ-カルの季節に咲く花を使いウエデイングの装飾や、農園内で花を切る事から始める花のレッスンを開催。花・自然・人との出会いを大切にする。
https://keikonishida-fleuriste.jimdo.com/

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