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【LIFE STYLE】パリ近郊 花とともに暮らす㉘弥生の月

Update : 2021.03.07
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快晴の朝、三月が始まった。

庭が、所々白く見える。早朝の霜のなごりが、ほんのり残っているが、一か月前とは随分違って、あと小一時間もすればあっという間に芝生は生き生きとした気持ちのいい緑色となる。

いい季節、そう、春がやって来たのだ。

鋏を持って、裏庭のハシバミの枝を切り、整理をしていると、突然何かが手に飛んできたような気がした。手の甲に目をやると、つややかな赤色のテントウムシがちょこんと乗っていた。テントウムシは葉っぱの裏や枝の下、木にできた穴の中などに、小さな黄色い卵を産む。我が家の、古い木でできた隙間だらけの窓枠からも毎年何匹か生まれる。飛んできたその赤い虫はハシバミの木に生まれ育ったのかもしれない。じっと見ていると、手の上をセーターの袖の方へ向かってよちよち歩き出した。

A

幸運を呼ぶ虫、今日はいいことがあるかもしれない。

 

B

久しぶりに見る、雲一つない青い空の色が頭の上から降り注ぐ。上を向いて、その迷いのない空に見惚れ歩いていると、大木の枝の先に幾つか花が咲いているのが目に入る。梅の花、丸く膨らんだ蕾もしっかり昇った太陽のひかりを浴びて、今にも、ふわっと、はじけそうだ。

C

毎年、この花が咲きだすと、次々と庭の植物が目を覚まし始める。

麦畑との境目にあるシャクヤク畑には、つい最近まで、土からぽつんと鉛筆の芯のような芽が見えていただけなのに、いつの間にか、それが、うんと大きく背伸びをし、今にも葉を広げようとしている。家の窓辺のバラの枝にも新芽が吹き出していた。

D1

小豆色。不思議と新芽はこんな色をしていることが多い。あと数日すれば色は緑に変わってしまうかもしれない。庭中のこの色を目で追っていく。

ゼロから一歩踏み出すエネルギー。

赤子、と言う言葉を思い浮かべてしまうような、この生まれたての芽はいつ見ても好きだ。

何かが生まれることに立ち会う瞬間は、何度繰り返しても特別で、心が揺り動かされるものだ。

E

春になるって何だろう。春が来ればやがて花が咲き、人間の気持ちまでポカポカしてくる。そんな当たり前のことに毎年うきうきしている自分に気が付く。

F

新月がまた、ふっくらと膨らみ出す時。

「木草弥や生ひ月(きくさいやおひづき)」草木がだんだんと芽吹く季節、弥生の月が始まった。

 

 

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【PROFILE】
西田啓子:ファーマーズフローリストInstagram@keikonishidafleuriste
フランス・パリ近郊花農園シェライユ在住。パリの花のアトリエに勤務後、自然を身近に感じる生活を求め移住。以来、ロ-カルの季節に咲く花を使いウエデイングの装飾や、農園内で花を切る事から始める花のレッスンを開催。花・自然・人との出会いを大切にする。
https://keikonishida-fleuriste.jimdo.com/

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