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【LIFE STYLE】パリ近郊 花とともに暮らす ㉒季節の音

Update : 2021.01.24
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9時半。

A1

休日の朝寝坊は最高に気分がいい。居心地のいい布団の中でぐずぐずしていると、犬の吠える声と一緒に、「外を見て!」と言う子供の声が聞こえてきた。

窓から見える風景は真っ白、屋根の上の瓦の色も白く変わっていた。

目に見えないくらいの細い雪が降っている。

B2

2階の天窓にはこんもりと雪が積もり、光がさえぎられ部屋はぼやっと薄暗い。

まるで雪をしのぐ為に洞窟に閉じこもっている小動物になったような感じがした。

 

子宮内の胎児は成長と共に外のひかりを感じている、と言う話を聞いたことがあるが、ふと、もしかして自分が母親のお腹の中で、外から来るひかりをこんな具合に感じていたのかもしれない、と想像する。

C

雪が降り続いても犬も子供もへっちゃらだ。こんないい日はない、と言う子供と一緒に雪玉を作り、犬は雪をけ散らし走り回る。

D

庭は白いふわふわの冬の毛布に覆われていた。クリスマスロズの蕾はその下で、しっかり眼をつむっているのだろうが、その代わりに大きな八つ手の葉が雪の花のように姿を見せてくれた。雪で隠れた植物を踏まないようにと注意深く歩いていると、細長い緑の葉と小さい白い花が見えた。秋に植えた球根のスノドロップが咲いている。最初の一輪を今日この雪の中で見つけたことに興奮する。

風が少し吹いてきたようだ。雪が踊る。誰もいない田舎道は白くけむり、顔面に雪があたる。目の前に次々と落ちてくる細雪の音が、かすかに聞こえるような気がした。

身のまわりにある無数の自然のさざめきに耳を傾け、あふれる想像力でそれを昇華し、数々の音の詩を生み出した作曲家Claude Debussy(クロ‐ド・ドビュッシー)。

『言葉で表現できなくなったとき「音楽」がはじまる』と彼は言った。

雪をモチ-フにした彼のピアノ曲は、どれも、淡々とした凍りつくような深い孤独と寂寥に満ちているが、今日の私は寒さはどこかに飛んでいき、冷たいはずの雪さえも嬉しく、暖かく感じるのが不思議だ。庭で見つけた微かな春の兆しのおかげかもしれない。

 

夜が明けると雪はやんでいた。

E

 

まだ誰もいない朝の道に出てみると、融けずに残っていた雪の上にいくつもの小さな足跡が見えた。野ウサギとキジに違いない。犯人を追う探偵の様に、犬がその跡をクンクンと匂いを嗅ぎながら、その横に又、自分の足跡をつけ辿っていく。動物たちは人間が雪ごもりをしているうちに、しめしめと駆け回っていたに違いない。

 

今日は快晴。

 

雪の下に隠れていた植物が太陽に照らされていく。

F

木瓜の花がもう咲いている。

 

小さく春の音が聞こえた。

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【PROFILE】
西田啓子:ファーマーズフローリストInstagram@keikonishidafleuriste
フランス・パリ近郊花農園シェライユ在住。パリの花のアトリエに勤務後、自然を身近に感じる生活を求め移住。以来、ロ-カルの季節に咲く花を使いウエデイングの装飾や、農園内で花を切る事から始める花のレッスンを開催。花・自然・人との出会いを大切にする。
https://keikonishida-fleuriste.jimdo.com/

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