杜の都のモリのチチ

PROFILE

森公美子(もり くみこ)歌手。1959年7月22日生まれ、宮城県出身。
テレビ、ミュージカル、オペラなどで幅広く活躍。食通ならではの知識とセンスを生かし、
HERSでは2011年5月号~2014年3月号まで料理ページの連載を担当。

第二回 娘の名前はフミコ。

そのつぶらな瞳と白玉のような餅肌にうっとりするチチでしたが、特に、他の赤ん坊たちと比べて何かが抜きん出ているわけではありません。生まれた時も、2929グラムとごく一般的な体重でがしたから。もしも当時「全日本親バカ選手権大会」があったら(別に今もないけど……)、チチは間違いなく東北地区代表になれるぐらいの実力がありました。

フミコが生まれて以来、経営する旅館の仕事はハハ任せ。でも、お客さんが宿に訪れると誰彼かまわず、フミコを抱きかかえながら顔を出しては、
「♪誰ぇよりぃも誰よりも、フミコを愛す~」
と当時のムード歌謡を替え歌で歌い出すと来たもんだ。地元の人たちなら「めんこいなぁ」と言ってくれるし、大阪から出張でやって来たサラリーマンなら「おもろい余興やな!」で済む。
ところが、わけアリアリのお忍びカップルにも同じ手を使うもんだからタチが悪い……。冷やかされたと思った二人は、うつむきながらひそひそ話。
「どうしてこの宿にしたのよ、もう……」
「お前が松島に行く前に、仙台に泊まりたいって言うからだろ……」
でも、チチは懲りない。翌朝チェックアウトのときにもそれぞれの客に向かって再び、
「♪誰ぇよりぃも誰よりも……」
もう、わけアリアリたちは宿泊代のおつりも受け取らずにそそくさと逃げるように出て行きましたとさ。

それでもフミコの家、森々旅館の中ではその程度だったからマシだったかもしれません。フミコの首がすわり始めると、チチは早速、娘を外へ連れ回し始めます。
「早く、そして多くの社会見学をさせねば」
最初の目的地は教会。もともとキリスト教の熱烈な信者というわけではありませんが、フミコを世界一可愛い娘にするためにはそれなりの戦略が必要でがす。やはり世界でいちばん信者の多いキリスト教は意識せずにはいられません。20億人の信者を味方につけたいし……。

チチとフミコの教会巡礼です。
宗派はさておき、歩いていける範囲の教会はすべて回りました。でも、洗礼を受けさせたいというよりは、とにかく自分の娘の神々しさを神父や牧師に見てもらいたかった。見てもらえればわかる。まるで大きなお豆腐を扱うように、大事に両手で抱えたフミコをアピールしながら自分はBGMでサポートすればいい。
「♪可愛い可愛いフミちゃん、何があっても私は貴女と一緒ですよ。天にまします我らの神よ、フミに世界中の幸せを~」
カトリックの教会では、マリア・カラスとの浮き名で知られるオペラ歌手、ジュゼッペ・ディ・ステファーノのように朗々と歌い、バプテスト派の教会では、当時まだ日本では無名に近かったジェームス・ブラウンのようにファンキーにシンギング! やっぱり教会は歌声が響いて気持ちいいなぁ。
「神のご加護があらんことを…………」
さすがは、神父さんに牧師さん。懐が深くて冷静な方々ばかりでした。そうやって、ひととおり教会巡礼を終えると、チチはすっかり歌うことの喜びにハマっちゃってました。
「よし、次は歌だ! 合唱団だ」
流れ的には聖歌隊が自然なのですが、それでは社会が狭すぎる。次は日本が誇る国営放送局、NHKです。正確には公共放送なのですが、当時のチチ、そして多くの庶民にとってはその違いがわかりませんでした。この1959年、仙台市制70周年を記念して、NHK仙台放送局が専属の合唱団を創設しました。その名は「仙台少年少女合唱隊」。
「これだ。これしかない……」。

<つづく……>