杜の都のモリのチチ

PROFILE

森公美子(もり くみこ)歌手。1959年7月22日生まれ、宮城県出身。
テレビ、ミュージカル、オペラなどで幅広く活躍。食通ならではの知識とセンスを生かし、
HERSでは2011年5月号~2014年3月号まで料理ページの連載を担当。

第十回 蜜月の連携プレー

元番頭の事件があるまでは、確かにチチとジジの確執は続いていました。ですが、それは森々旅館にとっては前向きな争いでした。
というのも、実はジャイアント馬場、アントニオ猪木などのプロレス界、柏戸や大鵬といった角界が、この旅館を利用するようになったのは、元将校のジジの人脈によるものだったのです。ジジは内緒にしていたけど、チチはそれを知っていました。そこでチチが対抗心を燃やして招致したのが野球界でした。立教大学出身のチチは勝負をかけ、東京・池袋まで出向いて野球部コーチの後輩を訪ね、気仙沼のフカヒレや、塩竈のマグロ、日本酒「浦霞」がいかに美味しいかを説きました。
その甲斐もあって、森々旅館を宿泊先とした立教大学野球部の夏合宿を招致することができたのです。そしてそのメンバーのなかには、なんとOB参加で、あのミスターがいたのです。
「格闘技こそスポーツじゃ」という野球に興味のないジジにとっては意味がわからない。
「何故、大学生を? わが旅館は大学生に提供する宿ではないぞ」のひと言。
ですが、大鵬並みに人気のあるミスターのことは気になる。ジジもチチの営業力をちょっとは認めざるを得ない状況……。
いずれにせよ、2人の営業合戦は旅館に活気をもたらしました。決して、警察をはじめとする地元との癒着!? だけではない人気が旅館にはありました。
そんななか、2人が共通して愛してやまない唯一の存在、フミコに危機が訪れます……。

ある夏の日。仙台の老舗和菓子企業「黒松がモナカ本舗」主催の大きな宴会が開かれることになりました。
その日は夕方の宴会に向けて、朝から旅館は仕込みで大忙し。味が勝負の老舗和菓子店のお客様だけに、いつも以上に厨房はピリピリムード。しかもこちらだって老舗旅館の矜持はあります。味と同様、盛り付けにもこだわりたい。ハジカミの位置をはじめ、八寸の芸術的な彩りにも凝りたい。
いつもならフミコにとって朝の厨房は気軽に出入りできる場所。漬け物や煮物をつまみながら料理人のダジャレを聞き、仲居さんの身の上話に耳を傾けるのが楽しいのですが、どうやら今日はそういう雰囲気ではないよう。緊張感にあふれ、罵声が飛び交う厨房を見て、今日はここにいてはいけないんだな、と素直に感じて出て行こうとした瞬間でした……。
原節子に似てると評判で人気者だった仲居さんが貧血でバランスを崩し、フミコをドンとお尻で押してしまいました。押されるがままに、スーッと軽く宙を舞ったフミコの先には、煮えたぎったワカメの味噌汁が入った桶のような鉄の大鍋! お尻から見事にジャッポンと浸かったフミコ……。
「ぎゃぁ~!」と奇声を上げるフミコ。
「あっ!!!」と仕事の手を止める厨房。
そこからが、見事なチームプレーでした。大きな味噌汁鍋から料理長はワカメを纏ったフミコを抱え出し、シンクにあったタライにフミコを入れて水道水を流しかけている間に、仲居のおばさんが氷を出してタライに投げ入れる。そして、そこそこ冷やせたかな、と思った頃にシーツでフミコを包む。そこにタイミングよくチチが登場。おもむろにフミコを抱くと、そのまま旅館を飛び出して病院へと走り出す。
「こっちだ! ちゃんと走れ」とチチを先導するのはジジ。さすが元軍人。いざというときにはチチに負けない走力がある。走ること7分弱。幸い大学病院が近くにありました。

総合受付に行けば面倒なことになって時間がかかるとわかっていたジジは、最初から救急外来を目指しました。
「パパ、助けてぇ……パパ、助けてぇ……死んじゃうよ、死んじゃうよ」とフミコ。
「死なない、絶対死なない」とチチ。
普通なら救急外来にいきなり来られても困るところです。先生だって、常に待機しているわけではないのですから。でもそんな状況だからかえって良かったのかもしれません。先生不在のゆるい雰囲気の中、お茶を飲みながら、しばし寛いでいる救急外来のスタッフたちを、いきなし眼光の鋭い初老のジジが現れ、厳しい口調で叱りつけました。
「お前ら、急患じゃ。水だ、氷だ! 抗生物質のクリームはどこだ、10センチ四方に切ったガーゼを10枚用意しろ。ポビドンヨードはあるか?」
不意打ちしておきながら、あまりにも適切な指示に、全く疑問を覚える余裕もなくテキパキと動く救急外来のスタッフ。
実に頼もしい、いや神々しく見えたジジ。
それもそのはず。フミコは知りませんでしたが、ジジは外科医の免許を持っていたのです。海軍兵学校に入る前に、現在の国立がんセンターの場所にあった海軍軍医学校を出ていました。なんと人間的に奥行きの深いジジ……。
本領発揮のジジのもと、大学病院の救急外来は、さながら昭和40年代版『ER』のようでした。

<つづく……>

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