杜の都のモリのチチ

PROFILE

森公美子(もり くみこ)歌手。1959年7月22日生まれ、宮城県出身。
テレビ、ミュージカル、オペラなどで幅広く活躍。食通ならではの知識とセンスを生かし、
HERSでは2011年5月号~2014年3月号まで料理ページの連載を担当。

第三回 英才教育と悪魔の声

できたばかりの合唱団には、当時、仙台では絶世の美少女として噂されていたシノヤマヒロコが在籍。チチは娘より11歳年上のシノヤマヒロコに、その後のフミコの成長の姿を照らし合わせていました。
とはいえ、合唱団に入れるのは小学生になってから。まだ5年以上も先のこと。
「きっと、フミコをこの合唱団のプリマドンナ的存在にしてみせよう」
チチはそう決意を固め、入団資格のある年齢になるまで英才教育を施すことに。

「まずは、音感を磨くために、とにかく耳にいいものを聴かせなければならない」
マリア・カラス、エルヴィス・プレスリー、ザ・ピーナッツ、和田弘とマヒナスターズ、といったさまざまなジャンルのレコードを子守唄代わりに聴かせたかと思えば、そのうち自分が聴き飽きちゃって、
「人間が作った音楽だけではダメだ。自然界の音に触れることで、フミコの音に対する感覚が研ぎ澄まされるはず」
例えば、仙台城址のある青葉山公園に行っては、カッコウやキレンジャク(「チリチリチリ」と鈴のような美しい音を奏でる)の声に耳を傾け、当時、架け替えられたばかりの広瀬橋では、「ガタンゴトン」と市電が通るなか、耳を澄ませて広瀬川の静かなせせらぎの音を聞き取る特訓。
「でも、待てよ。聴力や音感だけが発達するのはいかがなものか。才能が偏ってしまうのは避けたい」
そうなると今度は教育に良いものを聞かせ始める。朝は「グッモニン・フミコ、ワッツ・アップ?」と英語で話しかけ、新聞受けから取ってきたばかりの朝刊を開き、<天声人語>を耳のそばで読み聞かせる。
見かねたハハから「まだ解らねぇ~」と言われれば、
「今だ! 今がいちばん大事な時期なんだぁ。今がら聞かせねとダメだぁ」と躍起になって言い返す。しまいには、ネタがなくなると風邪薬【ルル】のパッケージを見ながら、
「くしゃみ3回、ルル3錠。風邪の諸症状を緩和します。食後なるべく30分以内に服用してください」と、その効能や用法用量を声に出して読む……。

とにかく、四六時中なにかを聞かせる作業に必死でした。ですが、そんなことを2カ月、3カ月と繰り返しているうちに、チチの頭の中には少しずつ、ある疑念が湧いてきました。
「世の中はいいことばかりではない。強い女に育つためには悪いことにも触れておくべきではないだろうか?」
そのために聞かせておかねばならない悪い音がある。チチが一念発起したのは1960年の5月5日であった。
日中はフミコと青葉山公園で過ごし、帰宅後は夕刊の一面を読んで聞かせ、フミコが眠りにつくと自分は長風呂に入る。そして、旅館の仕事を終えたハハといつものように遅めの夕食を取り、床に就いたのは23:00頃。
この日もハハは、ものの10分で深い眠りに落ちた。さあ、そこからがこの日のヒアリング実習の始まり。チチは隣室のベビーベッドからフミコを抱きかかえて連れてきて、ハハの枕元にそっと座る。そして囁く。
「フミコ、起こしてゴメンね。でも、これからここで起こることをしっかりと聞くんだよ。フミコのためだからね」。
その言葉が終わらないうちに、ハハの中から物凄い轟音がとどろく!
「フゴッ、、、グルッ、グルルルル」
「これが悪魔の声だよ。悪魔は地獄から上がってきた悪いヤツだ。お母さんをいじめている」とチチ。
すると今度は、か細い別の音がハハから絞り出されてくる。まるで、溜息を吐きたいのに、なかなか出てこないような辛そうな音。
「ウ、ウッ、フッ、ウーーーン」
「ほら、フミコ。お母さんは苦しんでいる。でも、しっかり悪魔と戦っているんだ。お前もこれから悪魔にいじめられるかもしれないけど、負けちゃいけないぞ」
爆睡しているハハが、息を吸うときは悪魔が攻撃し、息を吐くときはハハが耐え忍ぶ。そんな攻防です。
とにかく、さまざまな音や言葉を聞かせては、「聞こえる?」とか「解る?」とか「この音は好き?」とか、いちいちフミコの顔を見て反応をつかもうとするチチ。
フミコはそんなチチに答えようと、既に生後10カ月で「作り笑い」をマスターしてしまうのでした。

<つづく……>

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